徒然なるままに欧州特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州における特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

カテゴリ: クレーム解釈

先日の記事「EPOでのクレームの独・仏訳は機械翻訳でも問題ありません」でEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームは機械翻訳でも実質的なデメリットがないと説明しました。

これに対して読者の方から

「フランスはEPC70条(4)(b)を採用しているため、EPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳が英語クレームよりも狭かった場合は、善意の実施者に対して無償の通常実施権が発生するリスクがあるのではないか?」

とのご質問を受けました。

この場を借りてご質問に対して回答致します。

まずEPC70条(4)(b)とは、欧州特許の翻訳文の範囲が手続言語の欧州特許の範囲よりも狭い場合に、善意の実施者に一定条件の下無償の通常実施権を認めることを定めた条文です。

そしてフランスが現時点でEPC70条(4)(b)を採用していることは事実です(https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/html/natlaw/en/v/fr.htm)。

このためEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳の範囲が英語クレームの範囲よりも狭い場合はEPC70条(4)(b)のリスクがあるとも考えられます。

しかし実際にはこのリスクはありません。

まず、EPC70条(4)(b)の規定、すなわち欧州特許の翻訳文が欧州特許庁における手続言語の欧州特許よりも狭い場合の無償の通常実施権の規定は、フランスでは以下の知的財産法L614条10に定められています。
知的財産法L614条10

無効訴訟を除き,また,第L614条7第1段落に拘らず,フランス語への翻訳文が同第L614条7第2段落又は第L614条9第2段落に規定する条件に基づいて提出された場合において,欧州特許出願又は欧州特許が,翻訳文に対して,出願に用いられた言語による当該出願又は当該特許が付与する保護より狭い範囲の保護を付与しているときは,この翻訳文は真正とみなされる。

ただし,出願又は特許の所有者は,いつでも訂正翻訳文を提出することができる。ただし,クレームの訂正翻訳文は,第L614条9第2段落に定める条件が満たされているときに限り,効力を生じる。

善意で発明の使用を開始した者又は発明を使用する真摯かつ有効な準備を行った者は何人も,その使用が原翻訳文において出願又は特許の侵害を構成しない場合は,訂正翻訳文が効力を生じた後に,業として又は業としての必要のために,無償でその使用を継続することができる
上記フランス知的財産法L614条10からも読み取れるように無償の通常実施権の規定に考慮されるのは係争時に提出が求められる仏訳(フランス知的財産法L614条7)と欧州特許出願の仮保護(日本の補償金請求権に対応)の際に提出する仏語訳(フランス知的財産法L614条9)との2つです。

つまりEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳は、無償の通常実施権の規定の対象とはなっていません。

したがって仮にEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳にミスがあったとしても、そのことが原因でフランスにおいて権利範囲の解釈で不利な扱いを受けることもなければ、EPC70条(4)(b)の無償の通常実施権が発生するリスクもありません。


[参照条文]

EPC70条(3)
如何なる締約国も,翻訳文の言語による出願又は特許が手続語による出願又は特許により与えられる保護よりも狭い保護を与える場合は,その締約国においては,取消手続における場合を除き,本条約に従い当該締約国により規定されるその国の公用語の1による翻訳文が,当該締約国においては正本とみなされることを規定することができる。

EPC70条(4)
(3)に基づく規定を採用する如何なる締約国も,
(a) 出願人又は特許所有者が欧州特許出願又は欧州特許の訂正翻訳文を提出することを許容しなければならない。そのような訂正翻訳文は,第65条(2)及び第67条(3)に基づき当該締約国が定める条件が,必要な変更を加えることにより満たされるまでは,如何なる法的効果も有さない。
(b)その締約国において,ある発明を善意で実施し又は実施するために実際かつ誠実に準備をしていた者は,その実施が元の翻訳文における出願又は特許権の侵害を構成しない場合は,訂正翻訳文が効力を生じた後において,その業務において又は業務の必要のために無償でその実施を継続することができる旨を規定することができる。

フランス知的財産法第L614条7
 ミュンヘン条約によって設立された欧州特許庁への手続言語で書かれた欧州特許出願又は欧州特許の本文は,正文とする。
 本文がフランス語でない欧州特許に関する紛争の場合は,特許所有者は,自己の費用負担で,侵害者とされた者の請求により又は管轄裁判所の請求により,特許のフランス語による完全な翻訳文を提出しなければならない。

フランス知的財産法第L614条9
 第L613条3から第L613条7まで,第L615条4及び第L615条5に定められた権利は,ミュンヘン条約第93条に基づく欧州特許出願の公開の日から行使することができる。
 公開がフランス語以外の言語で行われる場合は,前段落にいう権利は,出願人からの請求があったときに,国務院布告によって定められた条件に基づいてクレームのフランス語翻訳文が産業財産権庁により公開された日又は侵害者とされている者に通知された日から行使することができる。


[あとがき]

本記事は欧州特許弁理士そしてフランス特許弁理士である武内麻矢先生からのアドバイスを元に作成しました。武内先生、有益なアドバイスをありがとうございました。




ドイツではプロダクトバイプロセスクレーム(以下PbPクレーム)の解釈に審査時も侵害判断時も物同一説を採用します。今回はこの物同一説の考えがよく表れた侵害事件におけるドイツ最高裁(BGH)の判決(事件名:Kochgefäß、ケース番号:X ZR 81/13)を紹介します。


1. クレーム1

 M1: 被覆底部(18)を有する調理鍋(10)であって、
 M2: その被覆底部の保護被覆(22)の周壁(26)に、隆起部(28、30)および/あるいは陥没部(32、34)が形成され、
 M3: 前記隆起部(28、30)および/あるいは前記陥没部(32、34)は、前記被覆底部(18)を製造するために使用される成形型に対応した凹陥部および/あるいは突出部を設けることで得られる、調理鍋(10)。
PbP
2. 明細書:

被覆底部を製造するために使用される成形型に対応した凹陥部および/あるいは突出部を設けることによる技術的効果に関する記載はない。


3. 論点:

M3の製造方法的特徴はクレーム1の発明を何らかの形で限定するか?


4. ドイツ最高裁の当該製造方法に関する特徴の解釈:

M3の製造方法的特徴はクレーム1の発明を限定しない。


5.判決文の抜粋:

このプロダクトバイプロセスクレームとしての表現は単に特許製品を記述するものであって、実際にM3において記載された方法によって製造された製品を限定するものではない。
Diese Formulierung des Anspruchs als product-by-process-Anspruch dient allein der Kennzeichnung des patentgemäßen Erzeugnisses und bringt keine Beschränkung auf Erzeugnisse zum Ausdruck, die tatsächlich mittels der in Merkmal 3 geschilderten Vorgehensweise hergestellt worden sind.

例え対象特許の明細書を考慮してクレームを解釈したとしても、保護対象をクレームの記述中に用いられた方法ステップに限定すべき示唆はない。
Auch aus der gebotenen Auslegung des Patentanspruchs unter Berücksichtigung der Beschreibung des Klagepatents ergeben sich keine Hinweise auf eine Beschränkung des geschützten Gegenstands durch den zu seiner Kennzeichnung herangezogenen Verfahrensweg.


先日の記事「ドイツの裁判所によるクレーム解釈の原則」で保護の範囲はクレームによって決定されることを説明しました(ドイツ特許法14条)。今回はこの原則を疑ってしまうようなドイツ最高裁(BGH)の判決(事件名:Rotorelemente、ケース番号:X ZR 43/13)を紹介します。


1. クレーム1

 […]
 各要素(8)の少なくとも一部を打ち抜くことによって本体部分(10)を提供するための静止した第1ダイ部材(22)と、
 打ち抜きにより各要素(8)のポール部分(12)を提供するための可動の第2ダイ部材(32)と、[…]
 を含む機械。


2. 明細書の記載
Rotor

ダイ部材22は、ロータ要素のポール部分の周囲の一部に対応するダイ面をそれぞれ提供する2つのダイ開口24a、24bを含む。
"The die member 22 comprises two die apertures 24a, 24b, each providing a die surface which corresponds to part of the periphery of the pole portion of a rotor element."

可動ダイ型部材32は、本体部分10の一方の側に対応するダイ面をそれぞれ提供するダイ開口34a、34bと、2つのダイ開口34a、34bの間に延びる第3のダイ開口35とを含む。
"The moving die member 32 comprises die apertures 34a, 34b each providing a die surface corresponding to one side of a body portion 10, and a third die aperture 35 extending between the two die apertures 34a and 34b."

解説:
クレーム上では第1ダイ部材(22)が提供するのは本体部分(10)で、可動の第2ダイ部材(32)が提供するのははポール部分(12)とされています。しかし明細書を参照するとこれは明らかに誤りで、正しくは第1ダイ部材(22)が提供するのがポール部分(12)で、可動の第2ダイ部材(32)が提供するのが本体部分(10)であることが分かります。


3. 論点
明細書および図面を参照するとクレーム1における本体部分(10)およびポール部分(12)との順序が明らかに間違いであることが分かる場合、クレーム1はどのように解釈すべきか。


4. BGHの判断

4.1. 結論
明細書、図面、および従属クレームの全体的な内容から、クレーム1において、本体部分とポール部分とが逆転しており、クレーム1は、以下のように解釈べきであることが明らかである。

 […]
 各要素(8)の少なくとも一部を打ち抜くことによってポール部分(12)を提供するための静止した第1ダイ部材(22)と、
 打ち抜きにより各要素(8)の本体部分(10)を提供するための可動の第2ダイ部材(32)と、[…]
 を含む機械。

4.2. 判決文の抜粋
明細書および他のクレームを参照してクレームを解釈した結果、クレームで用いられた2つの用語を入れ替えるべきことが明らかな場合、クレームの意味を追求するに際し、それ自体が明確な文言は決定的ではない。
”Bei der Ermittlung des Sinngehalts eines Patentanspruchs ist auch ein für sich genommen eindeutiger Wortlaut nicht ausschlaggebend, wenn die Aus-legung des Anspruchs unter Heranziehung der Beschreibung und der weite-ren Patentansprüche ergibt, dass zwei im Patentanspruch verwendete Be-griffe gegeneinander auszutauschen sind.”



先日の記事「ドイツの裁判所によるクレーム解釈の原則」で明細書で開示された発明の実施形態は原則保護範囲に属するということを説明しました。この考えが分かりやすく表れたドイツ最高裁(Bundesgerichtshof、略してBGH)の判決(事件名:Kreuzgestänge、ケース番号:X ZR 103/13)を紹介します。


1.  クレーム1:
Kreuz3

・・・・・支棒(9)を折りたたむ際、上部バー(2a、2b)下部バー(4a、4b)とが同時に互いに移動する、ことを特徴とする折り畳み可能な押し車。
Zusammenklappbarer Schiebewagen [...] gekennzeichnet durch: [...] dass [...] beim Zusammenlegen des Spreizgestänges (9) die oberen und unteren Holme (4a, 4b) gleichzeitig aufeinander zu verschwenken.


2.  明細書の記載:
2.1. 図面を用いた説明:
上部バーおよび下部バーとの両方が移動に関与るす形態を開示
Kreuz1
2.2.その他の記載:
一方、下部バーが移動不可能に配置され、上部バーのみが下部バーに対して相対的的に移動可能であってもよい。
Es ist aber auch möglich, dass die unteren Holme nicht verschwenkbar angeordnet sind, sondern dass nur die oberen Holme gegenüber den unteren relativ verschwenkbar sind.


3.  イ号製品:
下部バーが移動に関与しない。
Kreuz2

4.  BGHの判断
4.1. 結論:
イ号製品はクレーム1の構成要件を全て具備する。

4.2. 判決文の抜粋:
明細書中に複数の実施形態が発明として紹介されている場合、クレーム中に用いられた文言の解釈には、疑わしきときにおいては、全ての実施形態が参照される。
"Werden in der Beschreibung eines Patents mehrere Ausführungsbeispiele als erfindungsgemäß vorgestellt, sind die im Patentanspruch verwendeten Begriffe im Zweifel so zu verstehen, dass sämtliche Beispiele zu ihrer Ausfül-lung herangezogen werden können."

特許は下側ではなく上部バーのみを下部バーに対して移動可能に配置して、上部バーが下部バー対してほぼ平行になるように折り畳まれた位置から、キャリッジフレームが開かれる斜めの位置に移動する可能性についても言及している。これは、クレーム1で規定されている同時移動に必ずしも下部バーと上部バーとの両方が関与する必要はなく、4つの全てのバーの同時の相対移動があれば十分であるという結論を正当化する。
"Anschließend wird aber auch die Möglichkeit erwähnt, nicht die unteren, sondern nur die oberen gegenüber den unteren Holmen in einer Weise verschwenkbar anzuordnen, dass diese aus einer zusammengeklappten Posi-tion, in der sie nahezu parallel zu den unteren Holmen verlaufen, in eine Schrägposi-tion verbracht werden, in der das Wagengestell aufgestellt ist (Abs. 7, Z. 34 bis 41). Dies rechtfertigt den Schluss, dass an dem in Merkmal 6.3.3 vorgesehenen gleich-zeitigen Aufeinanderzuverschwenken nicht zwingend sowohl die unteren als auch die oberen Gestellholme beteiligt sein müssen, sondern dass es ausreichend ist, wenn es zu einer gleichzeitigen Relativbewegung aller vier Holme komme."


・保護の範囲はクレームによって決定される。明細書及び図面はクレームの解釈に際し考慮される(ドイツ特許法第14条)。

・保護範囲は、明細書または図面のみから導き出すことはできない。

・包袋禁反言は原則ない(X ZR 43/01)。

・クレームの解釈に際し考慮されるのは特許公報の明細書および図面であって、出願時の明細書および図面ではない(X ZB 7/81)。

・従属クレームおよび明細書の実施形態は、独立クレームにおいて使用される用語がどのように解釈されるべきかについての示唆を提供する。 しかしながら、独立クレームの保護範囲は、従属クレームまたは明細書の実施形態に限定されるべきではない(X ZR 31/11)。

・明細書で開示された発明の実施形態は原則保護範囲に属する(X ZR 35/11)。

・明細書で用いられる用語の定義と一般的な定義との間で齟齬がある場合は明細書で用いられる用語の定義が優先する(X ZR 85/96)。

・クレームは客観的な基準に基づいて解釈される。発明者の主観的な意図は重要でない(Xa ZR 36/08)。このため発明者による宣言書等もクレーム解釈に影響しない。

・クレームにおける参照符号は保護範囲を限定しない(X ZR 17/02)。

・ある特徴がプレアンブルにあるか特徴部分(characterizing part)にあるかは解釈に影響を与えない(Xa ZR 149/07)。

特許侵害訴訟は、クレームが不明確であり内容が解明できないという理由で却下することはできない(X ZR 95/05)。つまりクレームは常に解釈されなければならない。

・侵害訴訟でのクレーム解釈の原則は無効訴訟でも適用される(Xa ZR 140/05)。



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