徒然なるままに欧州・ドイツ特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州・ドイツ特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

カテゴリ: 欧州特許実務

欧州特許出願のOA対応でクレーム1は補正せず、新たな従属クレームを追加する補正の指示を受けることがあります。これは補正無しのクレーム1の特許性が認められなかった際には新たに追加した従属クレームの審査してもらうことを期待した指示だと思われます。しかしながらほとんどの場合その期待は裏切られることになります。

そもそも欧州特許庁のガイドラインは出願時(調査段階前)にある従属クレームの特許性を審査することを明確に審査官に義務付けていますが(GL B-III, 3.7)、出願後に例えば拡張欧州調査報告(EESR)に対する応答の際に追加された新たな従属クレームの特許性を審査する義務はガイドラインに明示されていません。

したがってほとんどの場合、審査官はクレーム1の特許性が認められないと判断した際には、新たに追加された従属クレームの審査することなく新規のOAを発行します。

このため欧州特許庁におけるOA対応で新たな従属クレームを追加する補正はあまり効果的ではありません。

どうしても「クレーム1は補正したくない、けれどもクレーム1の特許性が認められなかったときは追加の特徴も審査してほしい」という場合は、補正無しのクレームを主請求(Main Request)とし、補正いより特徴をクレーム1に追加したものを補請求(Auxiliary Request)とすることをお勧めします。

補請求の審査の義務はガイドラインに明示されていますので(GL E-X, 2.9)、補正無しの主請求の特許性が認められなかった際には、補正により特徴が追加された補請求が確実に審査されることになります。





欧州特許庁での異議(Opposition)は特許権者にも異議申立人にも費用および手間の面で多大な負担になります。

この多大な負担を避けるため、異議申立後に特許権者から異議申立人に異議の取下げを条件に和解を提案することがあります。

特に異議申立人が特許権者の競合他社でない場合などは特許が維持されたほうが両当事者にとって好ましいことが多いので、積極的に和解がなされ異議が取り下げられます。

しかしこの特許権者からの和解の提案および異議申立人による異議取下げはタイミングを誤ると異議部の職権で異議が続行されてしまい無意味になることがあります。このため異議手続中のどのタイミングで特許権者が和解を提案するかは重要な問題です。

以下に欧州特許庁における異議で特許権者から異議申立人に和解を提案するのに好ましい3つのタイミングを紹介します。


1.異議申立の直後
 
異議が申し立てられた後であってかつ特許権者が応答をする前のタイミングで和解が成立し、異議が取り下げられた場合は、異議部はほとんどの場合ケースに未着手なので異議が職権で続行されることはまずありません(T197/88)。

またこのタイミングですと特許権者の代理人費用もほとんど発生していません。

したがってこのタイミングで和解を成立させると、最も低リスクかつ低コストで特許を維持させることが出来ます。


2.異議部の予備的見解の受領直後

異議申立に対して特許権者が応答した後は通常異議部から予備的見解を含む口頭審理の召喚状が送付されます。この異議部の予備的見解の受領後であって口頭審理前も特許権者が和解を持ち掛けるタイミングとして好まれます。

特に異議部の予備的見解が特許権者寄りの場合、すなわち特許が維持されることを示唆する予備的見解の場合は、異議申立人が最終的に負ける可能性が高いため異議申立人にとっても和解をするインセンティブが高まります。

このタイミングで和解を成立させ異議が取り下げられると、口頭審理に掛かるはずだった費用を抑えつつ特許を維持することができます。

一方でこのタイミングで異議が取り下げられても異議部は職権で異議を続行することがあります(T560/90)。特に異議部の予備的見解が異議申立人寄りの場合、すなわち特許が取り消されることを示唆する予備的見解の場合は、仮に異議が取り下げられても、異議が職権で続行されてしまい最終的い特許が取り消されてしまうというリスクが高いです。

したがって異議部の予備的見解が異議申立人寄りの場合は、このタイミングで特許権者から和解を提案することは好ましくありません。


3.特許維持決定の直後

異議部が特許の維持決定を下したとしても異議申立人にはまだ不服申立手段である審判(Appeal)が残されています。

審判が請求されると統計上6割程度の確率で第一審(異議部)の判断が覆るので(審判部のAnnual Report参照)、この時点では依然として特許が取り消されるリスクが残っています。また審判は3年~5年と長期に及ぶのでさらなる費用および手間の負担が強いられます。

このため特許維持決定の直後であってかつ審判請求期限前も特許権者が和解を持ち掛けるタイミングとして好まれます。

このタイミングで和解の交渉をする場合、特許権者にとっては異議部による特許維持決定という交渉を有利にする材料がありますので、ライセンス料などの和解条件で交渉が特許権者にとって有利に進むことがあります。


まとめ

上記をまとめますと、欧州特許庁における異議で特許権者から異議申立人に和解を提案するのに好ましいタイミングは、1)異議申立の直後、2)特許権者寄りの予備的見解が得られた直後、そして3)特許維持決定の直後になります。

いずれのタイミングでも異議中の和解交渉は時間との闘いになります。異議手続中の和解交渉には特許権者の素早い意思決定とスピーディな現地代理人との連携が求められます。


欧州では1つのカテゴリ(物、方法および使用)に2以上の独立クレームを含めることは原則禁止されています。この1カテゴリー1独立クレームの原則を規定するのが以下のEPC規則43条(2)です。

EPC規則 43条(2)          
第82条を損なうことなく、欧州特許出願は、同一カテゴリー(製品、方法、装置又は用途)に属する2以上の独立クレームを含むことができるが、出願の主題が次の項目の1に係わっている場合に限る。
(a) 相互に関連する複数の製品
(b) 製品又は装置の異なる用途
(c) 特定の問題についての代替的解決法。ただし、これらの代替的解決法を単一のクレームに包含させることが適切でない場合に限る。

このようにEPC規則43条(2)は上記(a)、(b)および(c)の場合、例外的に1つのカテゴリーに2以上の独立クレームを含めることが許されることを規定しています。そして欧州特許庁のガイドラインが上記(a)、(b)および(c)の要件を満たす具体例を開示しています(GL F‑IV, 3.2)。

欧州特許庁のガイドラインに開示された具体例は以下の通りです。

 ・EPC規則43条(2)(a)型
 ‐ プラグとソケット
 ‐ 受信機と送信機
 ‐ 化合物の中間体と最終化合物
 ‐ 遺伝子と遺伝子構築物とホストとタンパク質と薬剤
 
・EPC規則43条(2)(b)型
  ‐ 化合物の複数の用途

・EPC規則43条(2)(c)型
 ‐ 同一グループに属する複数の化合物
 ‐ そのような化合物を製造する複数の方法

・その他
 ‐ 回路とその回路を有する装置
 ‐ データ処理方法、そのデータ処理方法を行う手段を有する装置、そのデータ処理方法のプログラムが格納された情報媒体




欧州特許庁の審判部(Board of Appeal)は2016年の審判部の独立性を高めるための組織再編の一環でその所在地がミュンヘン郡(Landkreis München)のミュンヘン市から同じミュンヘン郡のハール(Haar)市に移転しました(https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2016/20160704.pdf)。この結果、現在では審判部による審理および審判における口頭審理は全てハール市で行われています。

しかしながらこの度、審判部が中間判決T0831/17でこの審判部の所在地が欧州特許条約(EPC)に適合しているか否かに関する質問を拡大審判部に付託しました。より詳細には口頭審理の権利に関する3つの質問が拡大審判部に付託しました(http://patentblog.kluweriplaw.com/2019/03/01/the-haar-in-the-soup/)。そして審判部の所在地に関連するのが以下の3つ目の質問です。

「審判請求人が審判部のハール市における所在が欧州特許条約に適合していないと非難し、口頭審理の場所をミュンヘンに変更する請求した場合であっても審判部は欧州特許条約に違反することなくハール市において口頭審理を行うことができるか?」


1.論点

この質問で論点となるのは欧州特許庁の所在地を規定する以下のEPC6条(2)における「ミュンヘン」がハール市を含む「ミュンヘン」を意味するのか、それともハール市を含まない「ミュンヘン」を意味するかです。

EPC6条(2)
「欧州特許庁は、ミュンヘンに設置され、欧州特許庁は、ヘーグにその支庁を定める。」

なおT0831/17では審判部は明らかにEPC6条(2)における「ミュンヘン」は、ハール市を含まない「ミュンヘン市」を意味するとの立場を取っています。このため現在の審判部のハール市における所在地はEPC6条(2)に違反していると暗に主張しています。


2.考えられうる影響

この拡大審判部への付託は、少なくとも審判部から既に口頭審理が召喚状が送付された全ての係属中のケースに影響を及ぼし得ます。仮に拡大審判部の審決まで影響を受ける事件の審理が停止されるということになれば、影響は甚大です。

また拡大審判部がEPC6条(2)における「ミュンヘン」は「ミュンヘン郡」ではなく「ミュンヘン市」と判断した場合には、審判部はまた莫大な費用をかけてハール市からミュンヘン市に引っ越すことも考えられ混乱は必至です。

経過を注視したいと思います。


3.参考情報

本事件T0831/17の判決文は、一週間前までは欧州特許庁の判決データベースからダウンロードができたのですが、なぜか現時点では判決データベースからアクセスできなくなっています。事件の詳細に興味がある方のために判決文(ドイツ語)のPDFデータを準備しましたのでもしよろしければご参照下さい。


 1.調査期間(調査の開始からサーチレポート発行までの平均期間):
Search Duration 2018
2.審査期間(審査請求から規則71条(3)の通知までの平均期間):
Examination Duration 2018
3.異議期間(異議申立期間の終了から決定までの平均期間):
Opposition Duration 2018
ソース:


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