徒然なるままに欧州特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州における特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

カテゴリ: 欧州特許実務

欧州特許庁において自らの名前をバラさずに異議を申し立てたい場合には、代理人名義で異議を申し立てたり、Strawman Limitedのような名義貸しサービス会社を利用して異議を申し立てることがあります。

このようにダミーで異議を申し立てた場合、自らの名前が公開されないというメリットがありますが、多くのデメリットもあります。

以下に、ダミーで異議申立てをすることのデメリットを説明します。


1.実験データの信憑性を疑われる

欧州特許庁における異議では、実験データを提出して特許性を攻撃することがあります。そして一般企業が異議申立人である場合は、具体的な証拠または根拠なしにこの実験データの信憑性が疑われることはありません。

しかし異議申立人がダミーの場合、異議部が「そんな何処の誰がやったかわからないような実験データは信憑性がないので考慮しませんよ」と言っていることがあります。

欧州における異議では「疑わしきは特許権者の利益に」(Benefit of Doubt)という原則があるため(GL D-V, 2.2)、特許性を攻撃する実験データの信憑性が無いと判断されてしまうと上記原則に基づいて特許性が有ると判断されてしまいます。

このように提出した実験データの信憑性が異議部に疑われるとは異議申立人にとってはかなり痛いです。


2.口頭審理に参加することを躊躇してしまう

異議における口頭審理に参加すると急遽提出が必要になった補正案の適否を判断できたり、ディープな技術的議論を当業者の立場からサポートできたりするといったメリットがあります。

しかし口頭審理に参加した者の名前は口頭審理の議事録に残ります。このためダミーで異議を申し立てた場合に口頭審理に参加してしまうと折角苦労して自社の名前を伏せたにも関わらず自社の名前がバレてしまうというリスクがあります。

この理由からダミーで異議申し立てをした際には口頭審理に参加することを躊躇しがちになります。


3.和解が成立しにくい

以前の記事「EPOおける異議で特許権者から和解を提案する好ましいタイミング」でも説明したように欧州では異議申立後に特許権者から異議申立人に異議の取下げを条件に和解を提案することがあります。

しかしダミーで異議が申し立てられた場合、特許権者は本当の異議申立人を知ることが出来ないため和解を提案しても良い相手か否かを判断することはできません。このためダミーで異議を申し立てた場合は和解という選択肢が実質的に無くなります。


4.なんとなく異議部が冷たい

これは完全な私の主観的な感想なのですが、これまでの経験から欧州特許庁の異議部はなんとなくダミーの異議申立人に冷たい気がします。ダミーで異議を申し立てること自体、異議部の心証形成には不利に作用するのかもしれません。


5.バレる場合も多い

仮にダミーで異議が申し立てられた場合であっても、異議申立ての際に提出される文献または証拠などに基づき誰が本当の異議申立人であるかのを推測できてしまうことがあります。このため自社の名前をバラさずに異議申立てをすることができるというダミーでの異議申立てのメリットも実はそれほど確実なものではありません。


まとめ

上述のように欧州においてダミーで異議を申し立てることには、メリットが不確実な割には種々のデメリットが存在します。このため欧州では安易にダミーで異議を申し立てるのではなく、ダミーで異議を申し立てるか否かの判断は、メリットおよびデメリットを比較した上で慎重に下すことをお勧めします。


明細書における発明の課題の記載には発明者の発明に対する情熱が反映されやすいので、壮大になりがちです。

しかし欧州での権利化を想定している場合には明細書における発明の課題の記載は謙虚したほうがよいです。

欧州では独立クレームが全ての必須の特徴(Essential Features)を含むことがサポート要件(EPC84条)として求められます(GL F-IV, 4.5.1)。そして必須の特徴(Essential Features)とは明細書における発明の課題の解決に必要な記載と定義されています(GL F-IV, 4.5.2)。

このため、明細書における発明の課題が壮大で、明細書の実施形態また実施例からその課題たの解決には独立クレームの特徴だけではなく、従属クレームなどに記載された他の特徴も必要であることが明らかな場合は、独立クレームは全ての必須の特徴を有しないのでサポート要件違反と判断されます。この場合、当該他の特徴を独立クレームに追加しなければ、サポート要件違反を解消することは難しいです。

一方で、明細書における発明の課題が独立クレームの特徴のみによって解決されるような謙虚なものであるときにはサポート要件違反と指摘されることはありません。

このため欧州での権利化を想定している場合には、明細書における発明の課題としては謙虚に独立クレームの特徴によってのみ解決されることができる課題を記載することをお勧めします。


欧州特許出願のOA対応でクレーム1は補正せず、新たな従属クレームを追加する補正の指示を受けることがあります。これは補正無しのクレーム1の特許性が認められなかった際には新たに追加した従属クレームの審査してもらうことを期待した指示だと思われます。しかしながらほとんどの場合その期待は裏切られることになります。

そもそも欧州特許庁のガイドラインは出願時(調査段階前)にある従属クレームの特許性を審査することを明確に審査官に義務付けていますが(GL B-III, 3.7)、出願後に例えば拡張欧州調査報告(EESR)に対する応答の際に追加された新たな従属クレームの特許性を審査する義務はガイドラインに明示されていません。

したがってほとんどの場合、審査官はクレーム1の特許性が認められないと判断した際には、新たに追加された従属クレームの審査することなく新規のOAを発行します。

このため欧州特許庁におけるOA対応で新たな従属クレームを追加する補正はあまり効果的ではありません。

どうしても「クレーム1は補正したくない、けれどもクレーム1の特許性が認められなかったときは追加の特徴も審査してほしい」という場合は、補正無しのクレームを主請求(Main Request)とし、補正いより特徴をクレーム1に追加したものを補請求(Auxiliary Request)とすることをお勧めします。

補請求の審査の義務はガイドラインに明示されていますので(GL E-X, 2.9)、補正無しの主請求の特許性が認められなかった際には、補正により特徴が追加された補請求が確実に審査されることになります。





欧州特許庁での異議(Opposition)は特許権者にも異議申立人にも費用および手間の面で多大な負担になります。

この多大な負担を避けるため、異議申立後に特許権者から異議申立人に異議の取下げを条件に和解を提案することがあります。

特に異議申立人が特許権者の競合他社でない場合などは特許が維持されたほうが両当事者にとって好ましいことが多いので、積極的に和解がなされ異議が取り下げられます。

しかしこの特許権者からの和解の提案および異議申立人による異議取下げはタイミングを誤ると異議部の職権で異議が続行されてしまい無意味になることがあります。このため異議手続中のどのタイミングで特許権者が和解を提案するかは重要な問題です。

以下に欧州特許庁における異議で特許権者から異議申立人に和解を提案するのに好ましい3つのタイミングを紹介します。


1.異議申立の直後
 
異議が申し立てられた後であってかつ特許権者が応答をする前のタイミングで和解が成立し、異議が取り下げられた場合は、異議部はほとんどの場合ケースに未着手なので異議が職権で続行されることはまずありません(T197/88)。

またこのタイミングですと特許権者の代理人費用もほとんど発生していません。

したがってこのタイミングで和解を成立させると、最も低リスクかつ低コストで特許を維持させることが出来ます。


2.異議部の予備的見解の受領直後

異議申立に対して特許権者が応答した後は通常異議部から予備的見解を含む口頭審理の召喚状が送付されます。この異議部の予備的見解の受領後であって口頭審理前も特許権者が和解を持ち掛けるタイミングとして好まれます。

特に異議部の予備的見解が特許権者寄りの場合、すなわち特許が維持されることを示唆する予備的見解の場合は、異議申立人が最終的に負ける可能性が高いため異議申立人にとっても和解をするインセンティブが高まります。

このタイミングで和解を成立させ異議が取り下げられると、口頭審理に掛かるはずだった費用を抑えつつ特許を維持することができます。

一方でこのタイミングで異議が取り下げられても異議部は職権で異議を続行することがあります(T560/90)。特に異議部の予備的見解が異議申立人寄りの場合、すなわち特許が取り消されることを示唆する予備的見解の場合は、仮に異議が取り下げられても、異議が職権で続行されてしまい最終的い特許が取り消されてしまうというリスクが高いです。

したがって異議部の予備的見解が異議申立人寄りの場合は、このタイミングで特許権者から和解を提案することは好ましくありません。


3.特許維持決定の直後

異議部が特許の維持決定を下したとしても異議申立人にはまだ不服申立手段である審判(Appeal)が残されています。

審判が請求されると統計上6割程度の確率で第一審(異議部)の判断が覆るので(審判部のAnnual Report参照)、この時点では依然として特許が取り消されるリスクが残っています。また審判は3年~5年と長期に及ぶのでさらなる費用および手間の負担が強いられます。

このため特許維持決定の直後であってかつ審判請求期限前も特許権者が和解を持ち掛けるタイミングとして好まれます。

このタイミングで和解の交渉をする場合、特許権者にとっては異議部による特許維持決定という交渉を有利にする材料がありますので、ライセンス料などの和解条件で交渉が特許権者にとって有利に進むことがあります。


まとめ

上記をまとめますと、欧州特許庁における異議で特許権者から異議申立人に和解を提案するのに好ましいタイミングは、1)異議申立の直後、2)特許権者寄りの予備的見解が得られた直後、そして3)特許維持決定の直後になります。

いずれのタイミングでも異議中の和解交渉は時間との闘いになります。異議手続中の和解交渉には特許権者の素早い意思決定とスピーディな現地代理人との連携が求められます。


欧州では1つのカテゴリ(物、方法および使用)に2以上の独立クレームを含めることは原則禁止されています。この1カテゴリー1独立クレームの原則を規定するのが以下のEPC規則43条(2)です。

EPC規則 43条(2)          
第82条を損なうことなく、欧州特許出願は、同一カテゴリー(製品、方法、装置又は用途)に属する2以上の独立クレームを含むことができるが、出願の主題が次の項目の1に係わっている場合に限る。
(a) 相互に関連する複数の製品
(b) 製品又は装置の異なる用途
(c) 特定の問題についての代替的解決法。ただし、これらの代替的解決法を単一のクレームに包含させることが適切でない場合に限る。

このようにEPC規則43条(2)は上記(a)、(b)および(c)の場合、例外的に1つのカテゴリーに2以上の独立クレームを含めることが許されることを規定しています。そして欧州特許庁のガイドラインが上記(a)、(b)および(c)の要件を満たす具体例を開示しています(GL F‑IV, 3.2)。

欧州特許庁のガイドラインに開示された具体例は以下の通りです。

 ・EPC規則43条(2)(a)型
 ‐ プラグとソケット
 ‐ 受信機と送信機
 ‐ 化合物の中間体と最終化合物
 ‐ 遺伝子と遺伝子構築物とホストとタンパク質と薬剤
 
・EPC規則43条(2)(b)型
  ‐ 化合物の複数の用途

・EPC規則43条(2)(c)型
 ‐ 同一グループに属する複数の化合物
 ‐ そのような化合物を製造する複数の方法

・その他
 ‐ 回路とその回路を有する装置
 ‐ データ処理方法、そのデータ処理方法を行う手段を有する装置、そのデータ処理方法のプログラムが格納された情報媒体




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