徒然なるままに欧州特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州における特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

2016年09月

日本の弁理士試験には特に受験資格はなく門戸が広く設けられていますが、ドイツの弁理士試験は試験自体よりもむしろ受験資格を得るまでの道のりのほうが厳しかったりします。以下にドイツ弁理士試験の受験資格を得るための()研修生ルートおよび()特許技術者ルートについて説明します。


(1)研修生ルート

特許事務所に所属する研修生としてここに記されているような34ヶ月の研修を経ることで、ドイツ弁理士試験の受験資格が得られます。ただし研修生になるためには以下の3つの条件が求められます。

① 理工系の大学を卒業したこと
② エンジニア(特許技術者は含まれない)としての1年間の実務経験(学生時代のインターンシップを含む)または博士号を有すること
③ 事務所が研修生として認めたこと


(2)特許技術者ルート

一方、何らかの理由で研修生ルートを選択できなかったものにも以下の3つの条件を満たすことで弁理士試験への道が開かれています。

① 理工系の大学を卒業したこと
② 10年間(欧州特許弁理士の資格を有する場合は8年)特許技術者としてフルタイムで働いていたこと
③ 大学での一般法の履修


(3)備考

両方のルートで共通するのが理工系の大学を卒業したことです。これは理系の学歴を要件としない日本の弁理士試験と異なります。
また(1)の研修生ルートの条件③からもわかるようにドイツでは所属する事務所が研修生として認めないと研修生の地位が得られません。つまり事務所が「君は特許技術者としては認めるけど研修生として認めないよ」といえば仮に事務所に所属していたとしても研修生ルートは閉ざされるわけです。所属事務所が従業員の受験資格をコントロールできるということは日本とは大きく異なります。


参考サイト:
https://www.dpma.de/amt/aufgaben/patentanwaltsausbildung/


昨日の記事でお知らせしたシオノギ製薬の特許に関する強制実施権の仮処分について以下に詳細に説明します。


ドイツ連邦特許裁判所の第三判事部(3. Senat)はシオノギ製薬の抗HIV薬剤関連の欧州特許EP1422218のドイツ部分ついて、メルクにRaltegravirを有効成分とする薬剤Isentress®をドイツ国内でこれまで販売してきた供給形態の範囲内で実施権を認める仮処分を下しました。

仮処分を認めた理由についてドイツ連邦特許裁判所はプレスリリースで以下のように述べています。

「当部は、専門家の鑑定の照会した上で、当該薬剤がHIV感染患者の特定のグループに医学的理由から必要であり、相当な健康上のリスクを伴うことなく他の調剤に乗り換えることができないとの見解に達した。これは特に妊婦、乳幼児、子供そして長期間HIVに対する治療を受けた患者に当てはまる。さらに当部はウィルス負荷の効果的な減少が第三者への感染リスクを低減することも考慮した。これにより強制実施権の設定に対する公的関心が存在する。当部の見解では申請人はドイツ特許法第24条(1)による強制実施権の付与の更なる条件につても疎明した。」

ちなみに1961年の設立以降、ドイツ連邦特許裁判所が強制実施権の設定を認めたのは本件を除くと1件のみです。この1件の強制実施権も後のドイツ連邦最高裁判所(Bundesgerichtshof)で取り消されています。ドイツでの強制実施権の設定が極めて例外的であることを物語っています。


参考までに本件のこれまでと今後の流れは以下の通りです:

メルク等が連邦特許裁判所に強制実施権の付与を申請(主手続、Main Proceeding)

メルクが連邦特許裁判所に仮処分による実施許諾を申請(付随的手続、Ancillary Proceeding)

連邦特許裁判所が実施許諾を認める仮処分(付随的手続)を下す→今ここ

連邦特許裁判所が強制実施権の付与申請(主手続)についての判断を下す

(多分)当事者が連邦最高裁判所に控訴

連邦最高裁判所が判決を下す



ドイツ連邦特許裁判所(Bundespatentgericht)がシオノギ製薬の抗HIV薬の特許についての強制実施権付与手続きにおいて8月31日に仮処分により実施を許可しました。ライセンシーはメルクです。

ドイツで強制実施権が認められるのは極めて異例です。

<参考サイト>
http://www.lto.de/recht/hintergruende/h/bpatg-3liq116-zwangslizenz-patent-medikament-aids-hiv-medizin-pharma/
https://www.bundespatentgericht.de/cms/index.php?option=com_content&view=article&id=139:2016-09-01-13-36-42&catid=9:pressemitteilungen&Itemid=79&lang=en



日本語の明細書では「●●側」という表現はよく用いられます。この「●●側」という表現は通常「●● side」と訳されますが、適切でない場合が多々あります。

「Xの前側に配置されたY」という表現を例に考えてみましょう。
日本語における「Xの前側に配置されたY」という表現は、以下の二つの構成を表すものとして用いられます。

1.YがXから離間せず、Xの前部位に配置される構成(構成①)
Bild2

2.YがXから離間してXの前に配置される構成(構成②)
front2


しかし「Xの前側に配置されたY」を「Y arranged at the front side of X」と訳してしまうとどう解釈されるでしょう。
欧米人は「front side」を通常「前の部分」または「正面」と解するので「Y arranged at the front side of X」は以下の構成を意味することになります。

1.YがXから離間せず、Xの前部位に配置される構成(構成①と同じ)
Bild2


2.YがXから離間せず、Xの正面に配置される構成(構成③)
front3

すなわち「Y arranged at the front side of X」には上記構成②が含まれなくなります。また構成①を表現したい場合であっても構成③と混同される恐れがあります。

このため「Xの前側に配置されたY」が構成①を表現したい場合は「Y arranged at the front part of X」と、構成②を表現したい場合は「Y arranged in front of X」と訳した方が誤解が少なくなります。

「後側」、「上側」、「下側」、「●●部材側」といった表現にも上記と同様の問題が生じるので注意が必要です。

特に「中央側」を「center side」などと訳してしまうと欧州の審査官が「中央なのか、側(わき)なのか、はっきりしろ!」とブチ切れることがあるので別の表現を用いたほうが無難です。


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