徒然なるままに欧州・ドイツ特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州・ドイツ特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

2014年03月

欧州特許庁にはPPH以外にもPACEとよばれる早期審査プログラムが存在することは有名です。一方でドイツ特許庁でもPPH以外にBeschleunigungsantragと呼ばれる審査促進する手段が地味に存在しています(ドイツ審査基準3.3.2)。以下、ドイツ特許庁における早期審査申請の要件および効果について説明します。

時期的要件:出願が審査に継続中であればいつでも申請することができます。審査請求と同時に申請することもできます。

客体的要件:
ドイツ審査基準によると、早期審査が認められるには、審査を促進させなければ申請人が極めて大きな不利益をこうむる恐れがあるという理由が存在することが要件とされています。例えば第三者が既に出願にかかる発明を実施していたり、ライセンス契約中である場合は当該要件を満たします。一方で、早期審査の申請の際には、上述した理由が本当に存在することを証明することまでは求められません。したがって上述したような理由が存在しなくとも、例えばライセンス交渉中であることを装うことで当該要件を満たすことができます。


手続き的要件:
上記理由を述べた早期審査を申請する書面を提出します。書面にとくに様式はありません。


費用:
庁費用はかかりません。


効果:
早期審査の申請が認められると申請から概ね3ヶ月以内にオフィスアクションが得られます。一方、オフィスアクションを得た後にもさらに早期審査が続行されるか否かは審査官の裁量によります。

先日発表された欧州特許庁の2013年のアニュアルレポートに関して面白い記事を知人から教えてもらいました。記事の内容を簡単に要約しますと、2013年アニュアルレポートで欧州特許庁は、あたかも欧州特許出願が増加傾向にあるような印象を与えるように意図的にミスリードしていると指摘しています。以下、欧州特許庁がどんなミスリードしているかについて詳しく説明してみます。


1.重要ではないのに大々的にアピールされる「欧州特許出願(European patent filings)」の件数
2013年アニュアルレポートのでは、「欧州特許出願(European patent filings)」の件数は、過去最高の265,690件(前年比2.8%増)であったことが大々的にアピールされていました。しかし、この265,690件という数は、欧州に直接なされた欧州特許出願数60,606件となぜか全世界で受理されたPCT出願の総数205,084件との和から構成されます。

つまり欧州特許庁は「全世界でされたPCT出願も欧州特許出願(European patent filings)だい!実際に欧州特許庁に移行されたかなんて関係ないんだい!」といっているわけです。

確かに現在のPCT出願はみなし全指定となっており、PCT出願をすると自動的に欧州特許庁の指定官庁となりますが、自国の出願に全世界で受理されたPCT出願をカウントする欧州特許庁の算出方式は国際的にみて極めて異例です。私が知る限りではこのようなわけの分からない算出方法を採用している特許庁は欧州特許庁以外にありません

例えばこの算出方法を採用すると342,796件(通常国内出願:287,013件+PCT経由で日本に以降した特許出願:557,83件)と報告されていた2012年の日本における特許出願件数が、482,357件(通常国内出願:287,013件+2012年に全世界で受理されたPCT出願:195,344件)と約14万件ほど水増しされることになります。 このためアニュアルレポートの「欧州特許出願(European patent filings)」の件数はあまり意味のある数字ではありません。

さらに「欧州特許出願(European patent filings)」に含まれる「PCT出願」が、欧州特許庁に移行されたPCT出願なのか、欧州特許庁を受理官庁としたPCT出願なのか、欧州特許庁を指定官庁としたPCT出願(全世界で受理されたPCT出願)なのか明確に説明されていません。読者を誤解させる気がまんまんです。


2.重要なのになぜか控えめに開示される「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の件数
アニュアルレポートでは一応日本と同様の方式(直接EPOになされた欧州特許出願+PCT経由で実際に欧州特許庁に移行された出願)で算出された件数を「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の項目で開示しています。この「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の件数は、国際的なスタンダードに合致した方式で算出されたものであるので、上述した「欧州特許出願(European patent filings)」の件数よりも重要であるのですが、なぜか控えめに開示されています。

例えば、上述のあまり意味のない数字である「欧州特許出願(European patent filings)」の件数は、アニュアルレポートのフロントページにその推移までわかりやすいように2009年まで遡ってグラフで開示されていますが、実際に意味のある数字である「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の件数はアニュアルレポートのフロントページには一切触れられておらずアニュアルレポートの「Statistics and Trends」の項目にのみしか開示されていません。さらに「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の件数ついてはグラフすらなく、ページを最後までスクロールしなければ確認できない表の最後に控えめに開示されているだけです。それもそのはず、「EPOへの欧州特許出願(European patent application filed with EPO)」の件数は147,896件と、2012年(148,562件)と比較して約0.5%減少しているからです。明かに実際の欧州特許出願が減少傾向にあることを隠したい意図がみえみえです。


3.感想
自らの組織を大きく見せたい気持ちは分からなくもないのですが、欧州特許庁がやっていることは明らかに悪意のある印象操作です。このような小細工が施された公報物を出すことは長期的には欧州特許庁自身の信用を毀損することになるので控えるべきです。

1.EPC規則70条(2)の通知とは?
EPC規則70条(2)の通知とは、出願時または移行時に審査請求が済まされた欧州特許出願において、拡張欧州調査報告書の送付の後暫くして出願人になされる審査継続の確認をする通知です(EPC規則70条(2))。つまり欧州特許庁は、拡張欧州調査報告の送付後、「調査でこんな結果が出ましたけど、金のかかる本審査を本当にすんの?今の時点であきらめれば審査料を返しまっせ。」ということを出願人に聞いてくるわけです。これに対し出願人は、欧州調査報告に対する応答と共に審査を継続するか否かの判断を通知から6月以内にすることが求められます。


2.EPC規則70条(2)の権利の放棄の要件
1)
前提
出願時または移行時に審査請求がなされ、審査料が支払われていること(EPC規則70条(2))。

2)手続き
欧州移行時に提出するForm for entry into the European phase (EPO Form 1200)のボックス4.2にチェックを入れるだけです。庁費用はかかりません。


3.EPC規則70条(2)の権利の放棄の効果
1)欧州調査報告書に欧州特許庁の見解書が添付されなくなります。すなわち引用文献だけが列挙された一昔前のISRのような形式の欧州調査報告書が発行されます。本来であれば調査報告書に添付されるはずの欧州特許庁の見解書は、後述するファーストアクションとして発行されます。

2)欧州調査報告書の送付後、約一ヵ月後にEPC規則70条(2)の通知がなされることなくファーストオフィスアクションが送付されます。これにより欧州調査報告書の送付とEPC規則70条(2)の通知との間の時間を短縮することができます。ここで欧州調査報告の送付とEPC規則70条(2)の通知との間の時間は、PCT経由のEuro-PCT出願で約1ヶ月ほど、PCTを経由しない通常の欧州出願で約半年ほどです。

3)EPC規則70条(2)の権利を放棄してしまうと調査報告書を受け取った時点で出願を取り下げた場合であっても、審査料が返還されなくなります。


4.まとめ
EURO-PCT出願の場合はEPC規則70条(2)の権利を放棄しても短縮できる期間が1ヶ月程度と短く、あまりメリットがないためお勧めできません。一方、パリルートの欧州出願では当該権利放棄によって短縮できる期間が6ヶ月以上になることもあるため、審査を継続することが予め決定している場合は、審査期間の短縮のための有効な手段であるともいえます。


関連記事:
早期審査以外の審査期間短縮手段 その1
早期審査以外の審査期間短縮手段 その2

先日読んだ「知財部での仕事に必要な資質って?」という非常によく書けた記事にインスパイアされ、私なりにドイツの特許事務所で必要な資質について考えてみました。以下、私の独断と偏見によって選出されたドイツの特許事務所で働く日本人に求められる4つの資質について説明します。

資質その1:一定レベル以上の社交性
日本の特許事務所では、実務担当者が実質的に誰ともコンタクトを取らなくても実務担当者一人だけで仕事が完結してしまう場合が多々あります。このため社交性を有さずとも実務担当者として問題がない場合が多いです。しかしドイツではそうはいきません。日本人がドイツの特許事務所で働く場合において重要な任務の一つが、日本顧客への営業および接待であるからです。このため最低限お客様を不快にさせないレベルの社交性、できれば短い時間でお客様と打ち解け、お客様を心地よくさせることができるレベルの社交性が求められます。

資質その2:自ら仕事を生み出せること
まだドイツの特許事務所で働く日本人はそれほど多くないため、多くの特許事務所にとって日本人を雇うといことは前例がない場合が多いです。このため事務所側が日本人を雇ってみたはいいもののどんな仕事を任せればよいかが分かっていないことがあります。こんなときは単に仕事が与えられるのを待っているだけではなく、自発的に新プロジェクトや新たな仕事を提案・実行し、積極的に事務所に貢献することが好ましいです。さもなくば事務所に貢献できない人材と判断され、長期的に事務所で働き難くなる恐れがあります。

資質その3:没頭できる趣味等があること
ドイツの労働環境では、日本と比較してかなりの自由時間が確保されます。多大な自由時間は一方で余裕のある生活に寄与しますが、他方で退屈感や孤独感を増徴させます。日本人にとって必然的に家族や親しい知人から離れたドイツでは、この退屈感や孤独感が特に顕著になります。これは精神衛生によいものではありません。したがって、ドイツにおいて上質な生活を営むためにも、自由時間に没頭できる趣味等を有していることが好ましいです。

資質その4:心身共に健康であること
母国を離れて異国で生活するということは思いのほかストレスがたまります。このストレスにより心身のバランスを崩してしまうおそれがあります。また日本人にとって心身の不調を適切にドイツの医者に伝え、理解してもらうことは容易ではありません。このため心身の不調を抱えてしまっても、適切な医療にアクセスできない恐れも高いです。したがって、高いストレス耐性や、風邪を引き難い身体は、ドイツで生活する上で、代えがたい大きな武器であるといえます。

まとめ
以上、4つの資質について説明しましたが、結局のところ最後の資質である「心身の健康」が一番重要であると思います。「そんなのドイツに限らずどこでも同じだろ」と言われてしまえば返す言葉もありませんが、日本人として異国であるドイツで生活していると心身の健康の重要さを感じる場面が多いです。実際にこちらの特許事務所で活躍されている日本人には元気でパワフルな方々が多いです。

何かの参考になれば幸いです。

先日の記事先日の記事では、スイスタイプクレームは2009年から禁止されていることを説明しました。しかし当該禁止は遡及効がないため、2009年以前になされた出願および特許ではスイスタイプクレームが有効に存在してる場合が多々あります。


このためスイスタイプクレームの権利範囲を知ることは現在においても重要であると言えます。以下、ドイツにおけるスイスタイプクレームの権利範囲について説明します。


ドイツでは、「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物Yの使用」という表現のスイスタイプクレームは「疾患Xの治療のための化合物Yの使用」というUseクレームとほぼ同一の保護範囲を有するとされています(BGH GRUR 01,730)。


過去の記事でも説明しましたが、「疾患Xの治療のための化合物Yの使用」というUseクレームの権利範囲は、ドイツではクレームに記載された「使用」だけでなく「明白な準備(Sinnfällige Herrichtung)」まで拡張されます。この場合「明白な準備」とは、「化合物Yを含む疾患Xの治療薬の提供」を意味します。すなわち「疾患Xの治療のための化合物Yの使用」というUseクレームの権利範囲は「化合物Yを含む疾患Xの治療薬の提供」まで権利範囲が拡張されます。


上述のように、「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物Yの使用」というスイスタイプクレームは「疾患Xの治療のための化合物Yの使用」とほぼ同一の保護範囲を有します。したがいまして、「疾患Xの治療用医薬を製造するための化合物Yの使用」というスイスタイプクレームの権利範囲は、クレームに記載された「使用」だけでなく「化合物Yを含む疾患Xの治療薬の提供」まで権利範囲が拡張されることになります。

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