徒然なるままに欧州特許実務

ドイツで働く日本人弁理士が、欧州における特許実務に役立ちそうな情報を徒然なるままに書き記していきます。雑文・乱文にご容赦下さい。

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明細書における発明の課題の記載には発明者の発明に対する情熱が反映されやすいので、壮大になりがちです。

しかし欧州での権利化を想定している場合には明細書における発明の課題の記載は謙虚したほうがよいです。

欧州では独立クレームが全ての必須の特徴(Essential Features)を含むことがサポート要件(EPC84条)として求められます(GL F-IV, 4.5.1)。そして必須の特徴(Essential Features)とは明細書における発明の課題の解決に必要な記載と定義されています(GL F-IV, 4.5.2)。

このため、明細書における発明の課題が壮大で、明細書の実施形態また実施例からその課題たの解決には独立クレームの特徴だけではなく、従属クレームなどに記載された他の特徴も必要であることが明らかな場合は、独立クレームは全ての必須の特徴を有しないのでサポート要件違反と判断されます。この場合、当該他の特徴を独立クレームに追加しなければ、サポート要件違反を解消することは難しいです。

一方で、明細書における発明の課題が独立クレームの特徴のみによって解決されるような謙虚なものであるときにはサポート要件違反と指摘されることはありません。

このため欧州での権利化を想定している場合には、明細書における発明の課題としては謙虚に独立クレームの特徴によってのみ解決されることができる課題を記載することをお勧めします。


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参考サイト


先日の記事「EPOでのクレームの独・仏訳は機械翻訳でも問題ありません」でEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームは機械翻訳でも実質的なデメリットがないと説明しました。

これに対して読者の方から

「フランスはEPC70条(4)(b)を採用しているため、EPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳が英語クレームよりも狭かった場合は、善意の実施者に対して無償の通常実施権が発生するリスクがあるのではないか?」

とのご質問を受けました。

この場を借りてご質問に対して回答致します。

まずEPC70条(4)(b)とは、欧州特許の翻訳文の範囲が手続言語の欧州特許の範囲よりも狭い場合に、善意の実施者に一定条件の下無償の通常実施権を認めることを定めた条文です。

そしてフランスが現時点でEPC70条(4)(b)を採用していることは事実です(https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/html/natlaw/en/v/fr.htm)。

このためEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳の範囲が英語クレームの範囲よりも狭い場合はEPC70条(4)(b)のリスクがあるとも考えられます。

しかし実際にはこのリスクはありません。

まず、EPC70条(4)(b)の規定、すなわち欧州特許の翻訳文が欧州特許庁における手続言語の欧州特許よりも狭い場合の無償の通常実施権の規定は、フランスでは以下の知的財産法L614条10に定められています。
知的財産法L614条10

無効訴訟を除き,また,第L614条7第1段落に拘らず,フランス語への翻訳文が同第L614条7第2段落又は第L614条9第2段落に規定する条件に基づいて提出された場合において,欧州特許出願又は欧州特許が,翻訳文に対して,出願に用いられた言語による当該出願又は当該特許が付与する保護より狭い範囲の保護を付与しているときは,この翻訳文は真正とみなされる。

ただし,出願又は特許の所有者は,いつでも訂正翻訳文を提出することができる。ただし,クレームの訂正翻訳文は,第L614条9第2段落に定める条件が満たされているときに限り,効力を生じる。

善意で発明の使用を開始した者又は発明を使用する真摯かつ有効な準備を行った者は何人も,その使用が原翻訳文において出願又は特許の侵害を構成しない場合は,訂正翻訳文が効力を生じた後に,業として又は業としての必要のために,無償でその使用を継続することができる
上記フランス知的財産法L614条10からも読み取れるように無償の通常実施権の規定に考慮されるのは係争時に提出が求められる仏訳(フランス知的財産法L614条7)と欧州特許出願の仮保護(日本の補償金請求権に対応)の際に提出する仏語訳(フランス知的財産法L614条9)との2つです。

つまりEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳は、無償の通常実施権の規定の対象とはなっていません。

したがって仮にEPC規則71条(3)の対応時に提出するクレームの仏訳にミスがあったとしても、そのことが原因でフランスにおいて権利範囲の解釈で不利な扱いを受けることもなければ、EPC70条(4)(b)の無償の通常実施権が発生するリスクもありません。


[参照条文]

EPC70条(3)
如何なる締約国も,翻訳文の言語による出願又は特許が手続語による出願又は特許により与えられる保護よりも狭い保護を与える場合は,その締約国においては,取消手続における場合を除き,本条約に従い当該締約国により規定されるその国の公用語の1による翻訳文が,当該締約国においては正本とみなされることを規定することができる。

EPC70条(4)
(3)に基づく規定を採用する如何なる締約国も,
(a) 出願人又は特許所有者が欧州特許出願又は欧州特許の訂正翻訳文を提出することを許容しなければならない。そのような訂正翻訳文は,第65条(2)及び第67条(3)に基づき当該締約国が定める条件が,必要な変更を加えることにより満たされるまでは,如何なる法的効果も有さない。
(b)その締約国において,ある発明を善意で実施し又は実施するために実際かつ誠実に準備をしていた者は,その実施が元の翻訳文における出願又は特許権の侵害を構成しない場合は,訂正翻訳文が効力を生じた後において,その業務において又は業務の必要のために無償でその実施を継続することができる旨を規定することができる。

フランス知的財産法第L614条7
 ミュンヘン条約によって設立された欧州特許庁への手続言語で書かれた欧州特許出願又は欧州特許の本文は,正文とする。
 本文がフランス語でない欧州特許に関する紛争の場合は,特許所有者は,自己の費用負担で,侵害者とされた者の請求により又は管轄裁判所の請求により,特許のフランス語による完全な翻訳文を提出しなければならない。

フランス知的財産法第L614条9
 第L613条3から第L613条7まで,第L615条4及び第L615条5に定められた権利は,ミュンヘン条約第93条に基づく欧州特許出願の公開の日から行使することができる。
 公開がフランス語以外の言語で行われる場合は,前段落にいう権利は,出願人からの請求があったときに,国務院布告によって定められた条件に基づいてクレームのフランス語翻訳文が産業財産権庁により公開された日又は侵害者とされている者に通知された日から行使することができる。


[あとがき]

本記事は欧州特許弁理士そしてフランス特許弁理士である武内麻矢先生からのアドバイスを元に作成しました。武内先生、有益なアドバイスをありがとうございました。




日本特許法の36条6項2号、3号に対応する欧州特許条約(EPC)の84条ではクレームの明確性について以下のように定めています。

「EPC84条 クレーム
クレームには、保護が求められている事項を明示する。クレームは、明確かつ簡潔に記載し、明細書により裏付けがされているものとする。」

したがって例えば欧州特許出願のクレームに不明確な文言が含まれているとEPC84条の下出願が拒絶されます。

しかしドイツ特許法にはEPC84条に対応する条文がありません。またドイツ連邦特許裁判所は最近の判決(15 W (pat) 9/13)でクレームの明確性は拒絶理由ではないとする立場をとっています。

このようにドイツでは仮にクレームに不明確な文言があったとしても明確性を理由として拒絶されないため、欧州特許庁よりも記載要件が緩いといえます。


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